

1984年9月5日、山陰地方の小さな産婦人科で産声をあげる。
いわゆる「里帰り出産」というやつで、産まれてすぐ当時住んでいた鹿児島へ。
親の転職で、茨城県へ引越し。当時は「〜じゃん」という言葉を使っていたらしい。
親の転勤で、奈良へ引越し。当初は「あかんじゃん」などと、ハイブリッド語を使っていたらしい。
物心ついたころには、すでに奈良。
しばらくすると、「〜じゃん」は影を潜める。
幼稚園〜小学校〜中学校と公立にすすみ、高校受験を迎える。
いちおう運動部に所属し、曲がりなりにもキャプテンもやっていたため
なかなか勉強の時間も取れなかったが(いや、取らなかったが)
奇跡的に人並み以上の成績を収めたていため、ステキな公立高校へ進学。
高校に入り、運動部ではなくギタマンに入る。
きっかけは「柔道部見にこない?」という勧誘。
柔道部を断ったら、「じゃあギタマン」ということで連れて行かれる。
ギタマンと柔道部の勧誘をいっぺんにこなしてしまうなんて、今考えるとすごい。
で、小講堂に入ってみると、「さすが、○ぐちさん」
1回目の実力テストで数学7点をとったり、
地学のテストで7点をとったりしたが、無事卒業。
奇跡的に、大学にも受かる。
大学でも似たようなクラブを細々と続け、
文句ばかり言いながらも4年間所属し続ける。
大学卒業が危ぶまれたが、
最後の最後に奇跡の全取りを達成し、12単位の余裕を持って卒業。
現在はひょっこり某メーカーに就職し、網干で出会いを探し続ける毎日。
そんな感じの、山も谷もない人生。
「人生の目標は?」
なんて質問は、野暮ってもんですよ。
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